Vol.284-2 自分らしく働くための副業・複業支援のしくみづくりに向けて ~WEBアンケート分析を通じた仮説の構築~


5.「副業・複業で自分探し」タイプの人物像

 以上の分析結果を踏まえ、これら5つのタイプのうち社会人の抱く悩みを最も強く反映し、それを地方での副業・複業を通じて解決しようとする点から、「副業・複業で自分探し」タイプ(以下、「本タイプ」という。)に焦点を当てて分析をしていきたい。
 本プロジェクトのアドバイザーでもある株式会社トレジャーフットの辻麻梨菜氏が、都市部の複業希望者を対象に行ったインタビュー調査によると、今の仕事に対する以下のような悩みが見受けられる。

 

都市部で働く複業希望者の働き方に関する悩み(インタビュー調査結果)

  • 現在の会社で今後のキャリアが見えない。
  • 現在の職場だと成長を感じなくなってきている(特に大きい組織では難しそう)。
  • 今の会社で与えられた仕事はできているが、会社の外へ出た時に、自分に何ができるかわからない。
  • 今の仕事自体はやりがいがあって面白いが、会社のパーツとして頑張っているので、自分の力ではなく会社の力だと感じる。

 

 この結果から見えてくることは、自分自身のやりたいことを通じたより積極的なキャリアデザインというよりも、今の会社や仕事に抱いている不満や将来のキャリアへの不安である。本タイプとは、こうした不満や不安を解消する一つの手段として副業・複業の場を捉えていると推測される。
 さらに、本タイプの人物像について具体的に考えるために、マーケティングにおいて、商品やサービスの典型的な顧客像を明確にするために用いられる「ペルソナ」と呼ばれる架空の人物像を描いてみる。

 

「副業・複業で自分探し」タイプのペルソナ(人物像)

  • 鈴木 健太(42歳、男性)
  • 妻と2人の子ども(8歳と6歳)の4人暮らし。
  • 職業は大手企業の会社員、勤続20年。
  • 企業内では部下を持つ立場であるが、未だ自分自身のスキルや強みが分からず、自分自身が本当にやりたいことが見えずに悩んでいる。それを見つけるために、身近な地方での副業にチャレンジしたいと思っているが、WEBで検索する以外に、どのように地方との接点を見つけたらよいのか分からずにいる。
  • まだ自分のやりたいことやできることが見つからず、自分自身の想いを伝えるのは難しいが、まずは地方の企業や同じ想いを持つ社会人とつながりながら地方の現状について理解を深める中で、副業としてできることを探すことで、今後の自分自身のキャリア形成について考えてみたいと思っている。
  • しかし、平日は中間管理職として日々の仕事、休日は家事や子育てに追われ、なかなか具体的な行動を起こすきっかけがつかめずにいる。

【ライフゴール】

  • 自分の強みやスキルを活かし社会に貢献するキャリアを築く。

【エンドゴール】

  • 自分の強みを知る。
  • 社会で通用するスキルを得る。
  • 仕事を通じてしっかりと収入を得る。
  • 地方や地元企業とつながりたい。

【エクスペリエンスゴール】

  • 自信、社会に必要とされている実感。

 

 このペルソナから見えてくることは一体何か。長年企業経験がありながらも、今の自分自身のキャリアやスキルに自信が持てず、自らのやりたいことが分からないという悩みを抱えているという社会人の姿である。2030代前半であれば、自分自身の想いに向き合いながら新たなキャリアにチャレンジすることも選択肢として想定されるが、既に家庭を持ちそれを維持するための収入を得ることが求められる中で、働き方の選択肢が狭まっていると推測される。
 その状況から一歩踏み出すための一つの手段として、現在の本業を維持しながら地方で副業に挑戦することで、自分のスキルや強みを再認識し、自信や自分がやりたいことを取り戻したいと考えられる。それによって、今の自分自身が抱えるキャリアに関する不満や将来への不安の解消につなげていくことに期待しているのではないだろうか。
 そして、その先にあるのは、ライフゴール(しごとを通じた人生の目標)となる、自分の強みやスキルを活かし社会に貢献するキャリアを築いていくことではないだろうか。

 

6.「副業・複業で自分探し」タイプが地方で活躍するためには?

 以上の検討を踏まえて、都市部に暮らす本タイプが、副業・複業を通じて地方で活躍するためには、どのような場や機会が求められるのか。それを明らかにするために、ここでは副業・複業を通じて本タイプが求めるニーズに対して、どのような価値を創造するかを図示する「バリュー・プロポジションキャンバス(VPC)」を用いて整理する[ii]
 下図の右側に、本モデルのペルソナが抱くニーズを、「顧客の仕事」、「ゲイン(顧客の利得)」と「ペイン(顧客の悩み)」の3つにまとめる。「顧客の仕事」とは、本タイプが働くことを通じて目指しているライフゴール、つまり自分の強みやスキルを活かし社会に貢献するキャリアを築くことである。また、それを実現するために本タイプが求めることとは、社会で通用するスキルを獲得し、仕事を通じて収入と合わせて、社会から必要とされているという実感を得ることであり、そのための場として、地域とのつながりを築くことと捉えることができるだろう。
 一方で、それを実現する上での悩みとして想定されるのは、自分自身のやりたいことや強みが分からないこと、文化や慣習などの違いから地域に馴染めるかどうかが不安であること、また、実際に地域とつながりを持とうとしても、どのように行動したらよいか分からない、といったことが挙げられる。
 このニーズは、大きく3つに分けることができる。一つは、自分自身のやりたいことや強みを見つけることといった「自分自身に関するニーズ」、二つ目は、地域とのつながり方やつながる上での不安の解消といった「地域とのつながりに関するニーズ」、そして三つ目は、副業・複業を通じて得られる収入や信頼関係といった「地域での仕事に関するニーズ」である。
 VPCの左側には、右側の各ニーズに対応するシーズを整理する。ゲインに対しては「ゲイン・クリエーター(利得をもたらすもの)」、またペインに対しては「ペイン・リリーバー(悩みを取り除くもの)」がそれぞれ対応するが、自分自身に関するニーズに対しては、自分自身と向き合う機会をつくることや、スキルを棚卸しし強みを再認識する機会などが考えられる。また、地域とのつながりに関するニーズに対しては、地域や地元企業と気軽につながることのできる場や企業ニーズとスキルとのマッチングの場、さらには副業・複業の先輩などのロールモデルを通じて仕事を得るまでのプロセスを分かりやすく示すことなどが考えられる。地域での仕事に関するニーズについては、前述の2つのニーズを通じて地域で副業・複業を実践することにより得られるものであろう。

 

11 VPCによる「副業・複業で自分探し」タイプのための価値創造

 

 こうしたニーズに対するシーズの提供を考えた場合、都市部と地方をつなぐ副業・複業支援についてどのようなしくみが考えられるであろうか。自己啓発やキャリアデザインに関するセミナーといった機会は既に数多く存在し、その中には共通のキャリアや専門性を志向する仲間同士のネットワークの構築につながるものもある。しかしながら、それらは必ずしも特定の地域とのつながりに直結するものではないだろう。同様に、地元企業での仕事に関するマッチングの場は用意されたとしても、そこで本当に自分の強みが発揮できるのか、また社会に通用するスキルを見出すことが出来るとは限らない。
 こうしたことから、ここでは地域での副業・複業支援を、都市部で働く社会人が自分自身の目指すべきキャリアを築いていくための学びや実践の機会として位置づけるという一つの仮説を立ててみたい。
 将来のキャリアデザインに向けた自己理解などの学びの場は、それを実現するための場のひとつとして地域での活動への「背中を押す」役割を担うことができる。また、地域における気軽な出会いや対話といったつながりの場は、新たな自分自身の強みや可能性に気づく機会にもなる。こうした多様な“入口”から副業・複業という働き方への挑戦につなげていくことにより、さらに自分自身のスキルアップや強みやスキルを再認識する機会となることや、地域とのつながりを深めていくことにもつながる。このように、自分自身を知ることと地域とのつながりを築くこと、そして地域で副業・複業を実践することの3つを相互に関連付けながら支援していくことで、今日の社会人の目指すべきキャリアの実現に寄与することができるであろう。

 

12 都市と地方をつなぐ副業・複業のしくみ(イメージ)

 

7.まとめ:自分らしく働くための副業・複業支援に向けて

 今年度のプロジェクトを通じて、副業・複業として働くことを通じた地域とのつながりについて検討してきた。そこから、多くの社会人が感じている働きづらさであったり、今の仕事への疑問や雇用を取り巻く環境が変化する中での将来への不安といったものが見えてきた。同時に、地域で働くことが、自らが働く意義やパーパスを再認識する機会をもたらす可能性があることに気づくことが出来た。
 しかし、こうしたしくみをつくることは容易ではない。都市部において社会人ひとり一人と向き合う場づくりと同時に、地元企業のニーズを把握し、双方をマッチングしていくきめ細かな場づくりが求められるだろう。
 山梨総研では、一昨年度より山梨県中小企業家同友会と共同により、地域の人・もの・カネといった資源を活用しながら地域に貢献する地元企業について調査研究を行ってきた[iii]。今後、こうした地域社会を担う企業と、自分自身のスキルを社会のために活かしたいと考える社会人がつながるための場づくりを通じて、地域において自分らしく働くための支援のしくみについて、引き続き取り組んでいきたい。


[i] LINEリサーチによる東京都及び山梨県に居住する20~50代を対象としたアンケート調査、令和4年2~3月実施。

[ii] https://www.strategyzer.com/canvas/value-proposition-canvas

[iii] https://www.yafo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/study_r2-4-1.pdf